【強烈な自己否定癖を緩めるまでに辿った道のり(全5話)】3話「ショックと怒り。そして過労。うつ病で休職」
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あれ以来、私の心は今までにないほど不安定になった。
今までの自己否定からくるものではない、強烈な怒りによるものだった。
私の人生を返して欲しい。怒りが止まらない日々

2024年6月4日。全12回のコーチングは終了。公私ともに積極的になれた。私自身も、以前よりも行動的にはなれたとは思う。
最終セッションの時は、コーチに笑顔で「受けて良かった」と伝えた。
…でも、本当は苦しくて苦しくて仕方がなかった。
10回目のセッションの後、押し寄せてくる感情の波。私はベッドに突っ伏して、ひとり泣き喚いた。私が全て悪いわけではなかった。それなのに、
ここまで自分を卑下し続けた人生はなんだったのか?
私は家族のために全部を我慢してきたのに、なんで私だけがこんな人生になってしまったのか?
家族が、母と姉が許せない。私の苦しみに一切寄り添わなかった二人が。
そして、反抗しなかった自分が何よりも許せない
その思いが収まらなかった。
そして、何不自由なく、人に対して恐れることのなく関われる同僚たち。彼らも憎くて仕方がなかった。
大した苦労もしてないくせに、のうのうと笑っているのが気に食わない。
とにかく、もう感情がコントロールできなかった。
どうしても苦しくてたまらなくて、「よりそいホットライン」やオンラインカウンセリング「cotree」を利用してなんとか対処していた。
突然の退職者と激務化する仕事
ちょうどこの頃、仕事面でも大きな問題に直面していた。
ひとりが退職代行サービスを利用し、突然の退職。元々の人員不足もあって大混乱。
私は慣れない別部署の仕事も担いながら現行の仕事も進めることに。重なる残業。休むと仕事が溜まる恐怖。
最初は気丈に振舞っていたけれど、完全にキャパオーバー。ご飯を食べる元気すらなくなり、頬はこける。なんとか栄養摂取しようと、ウィダーインゼリーを飲んでも、吐いてしまう日もあった。
限界まで来た私は、もうやめてしまおう。一旦、実家に頼って、少し休ませてもらって、それから仕事を探そう。そんなことを考えた。
姉の大病
そんな中。9月。私の姉が、癌に罹ったと母から連絡が来た。それも症例の少ないもので、もしかしたら1年持たないかもしれないとのことだった。
夏に会ったときは全然元気だったのに。突然の知らせに家族みんな混乱した。
姉は抗がん剤治療をスタートし、両親は県外でひとり暮らしの姉を支えるために全力だった。
許せなかった。腹が立った。
また、お姉ちゃんのことばっかり。お前のせいで、私の苦しさに誰も気づいてくれない。放っておかれる。邪魔された。
…本当に最っ低だと、自分でも思う。
姉が抗がん剤治療で、病室の中で自由に動くこともできず、髪の毛も抜け落ちた。
離れたところに住んでいたから、当時の姉がどんな状態で日々を過ごしていたのか、私は連れ添っていた母からの話と、あとから姉自身に聞いた話でしか受け取れない。でも、尋常じゃないほどの経験を姉は受け止めていたのだろう。
でも、当時の私は、ただただ怒りでいっぱいだった。
私だって今苦しいのに。私のことは誰も助けてくれない。母からは毎日のように姉の闘病を側で見ることのしんどさのLINEが届く。
でも。私の苦しさは何も受け取ってもらえない。許せなかった。
一度、実家を頼らせてほしい。そんなLINEを送った。でも、状況も状況。姉のサポートで母もいっぱいいっぱいだったのだと、今なら理解できる。でも
「レイのために出来ることは何もない」「そんなことは許せない」
そんなLINEが返ってきて、私は、心がぐちゃぐちゃになった。
頼れる場所はどこにもない。
もう。苦しくて苦しくて仕方がなかった。

気がつけば、職場にまっすぐ向かうこともできなくなっていた。
車に乗って発進するのだけれど、途中の山道の、追い越しゾーンで停車。息を整えて、また進んでは。近くのスーパーの駐車場に止めて、息を整える。
遅刻を繰り返すようになっていた。
ここまできて、ようやく私は、心療内科を受診した。
本当はこのまま退職してしまおうかとも考えたけれど、病院の先生からも「今、重要な決断は避けて、一旦休みましょう」と言われた
休職中の苦しさ

簡易的ではあったけれど、他の店舗からやっと来てくれた後任への引継ぎを終えて、2024年11月下旬から休職期間に入った。
それまで何とか出勤出来ていたのに、休みとなった途端、本当に動けなくなってしまった。あまり眠ることもできず。ただ布団の中にいることしか出来ない。怖かった。
ずっと頭のなかで、怒りと不安と悲しみでぐちゃぐちゃで、寒くて寂しかった。
耐えられなくて、休職前にもやっていたけれど、なんども「よりそいホットライン」に電話を掛けた。「いのちの電話」にも。当時Xで「どんな悩みでも聞きます」という趣旨の1on1を募集している人にDMを送って、何人かと話をした。寂しくて、耐えられなかったから。
なんとか恐怖から逃れたくて、誰かに縋りたくて、手当たり次第に起こした行動。
でも、この行動が、私の回復への道の第一歩となる出会いに繋がったのです。
≪続く≫
