私はSNSに救われて、今を生きている
年末、彼に言われた一言
「SNSやってるから、病むんじゃない?」
その言葉を、受け止めた。
ふとした瞬間、なんども反芻した。
確かにその側面はあるのかもしれないと、考えてもみた。
でも、私は自信を持って言える。
それでも、私はSNSで病んだ人じゃない
SNSに救われて、あの時も、今も、生きている
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大学の頃、苦しんでいました。
普通の生活は難なくできる。だけれども、
- 人前での発表の時に、頭が真っ白になって涙が出てしまう。
- アルバイトの応募の電話が怖くて掛けられない
- 学生がたくさんいる日の大学図書館で本を借りることがなんだか怖くて、空きコマや土曜日など人が少ない時間帯にこっそり借りる
過度の緊張が出てしまうのは大学時代ではなく、中学生時代からだった。
周りから、「経験を積めばそのうち慣れるよ」と何度も何度も言われて、でも慣れるどころか緊張は増すばかり。
私はもう社会の中で生きてはいけないと、絶望する日々。
そんな中で私を支えてくれたのが、「いきづらびっと」のチャットルームでした。

そこは、様々な生きづらさを抱えた人たちが集まる24時間利用できるチャットサービス。
管理の方が見守るなか、自分の生きづらさを吐き出したり、みんなと共有して励まし合ったり、他愛のない日常の話をしたり。時に心無い言葉を吐き出す方がいれば運営の方がきっちり対応してくださる。
(※私の利用していたチャットルームはサービスを終了しています。2026年1月28日現在は「ぷらっとチャット」というサービスがあり、開設時間に限りはありますが、同じように辛い気持ちを様々な方とチャットで共有できるようです)
この場は、当時の私が自分らしく在れる場所でした。
当時、不安障害という診断書が病院から出ていた私。でも、特定のこと以外は出来るので、家族からはあまり理解されず、明るく過ごしていると
「学校行くか、やめて働くかハッキリしろ」「ファッション鬱」と言われてしまう。
こころは目に見えないものだから、仕方がないとは思いつつも傷つく。
楽しそうにする自分を押し殺すように生きる。
だから傷を抱えていながらも、「こんなことをして楽しかったよ」「こんなこと感じたよ」って、当たり前のように伝え合えるのが嬉しかった。
もしこの時、この繋がりの場がなければ、私はきっと孤独と絶望でつぶれていたでしょう。
年齢も性別もバラバラ、どんな顔なのかも知らない。それでも、日々できることを見つけ、葛藤しながらも生きている人たちとの言葉の交流は、間違いなく私の人生の支えでした。
残念なことに、私が大学を卒業する前に、運営・管理が難しくなったということでこの24時間利用できるチャットルームは廃止されてしまいました。
交流していた方との繋がりは、もうありません。
でも、ここで私と関わってくれた方たちのことは、そしてチャットを運営してくださった方には感謝しかありません。

休学開始からしばらく経過した後。勇気を振り絞って近所のスーパーに電話をかけてアルバイトをスタート
ボロボロ泣きながらも、一年遅れの就職活動をし、なんとか就職
就職してからも、泣いたり落ち込んだり、なんならうつ状態で休職したりもして
何一つとして順風満帆とは言えなかったけれど、
一歩一歩、前に進んだ。
その道中、私は主にXで沢山の方と繋がりを得ました。
Twitter(現X)を始めたころは弱い自分をあまり見せてはいませんでしたが、私の朝活や資格勉強、その他もろもろの行動発信に「いいね」をつけてくださったり、リプを送ってくださったり、他の方の暮らしや考えに触れたりして心がふるえる
私の大切な人生の一部となっています
これからもサービスが続く限り、発信を止めることはないでしょう。

あの時、誰かの言葉が、人生が、私の背中を押してくれたように、
私も誰かの心をふっと軽くすることができたのなら、
この人と関わってよかったなと思ってもらえたのなら、
とても光栄です。
それと、もしあなたが感じることと、楽しかったこと、頑張ったこと、心地よいと思ったこと
外に出してみたいけど躊躇ってしまうのなら、一歩踏み出してほしいなと思うのです。
その言葉が、その毎日が、どこかの誰かのこころに刺さることがきっとあるはず。
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長くなってしまいましたね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。
